「守るためのガバナンス」から、「成長を支えるガバナンス」へ
―社外取締役座談―
社外取締役
山中 雅恵Masae Yamanaka
社外取締役
笹本 裕Yu Sasamoto
社外取締役
鴨田 視寿子Shizuko Kamoda
サンリオは、10年間の長期ビジョンの実現に向けて、成長を支えるガバナンスの進化に取り組んでいます。常務執行役員の松本成一郎がファシリテーターを務め、3名の社外取締役とともに、2026年4月に公表した不適切事案への対応、そして2035年を見据えた取締役会のあり方について語り合いました。
ガバナンスをさらに進化させ、次の成長につなげていく
松本:2026年4月に公表した役員による不適切な報酬授受については、ステークホルダーの皆様に多大なご心配をおかけしました。本件をどう受け止めておられますか。
笹本:率直に申し上げて、大変残念な事案でした。一方で、本件が内部通報を起点に把握され、特別調査委員会の調査から報告書の公表、再発防止策の策定へと迅速に進んだことは、問題を把握し是正に向かう仕組みが一定程度機能した結果でもあります。サンリオが積み重ねてきた改革と事業の成長戦略そのものに曇りはなく、本事案を厳粛に受け止め、再発防止を徹底することを前提に、サンリオが積み重ねてきた改革や事業の成長戦略そのものの価値についても、冷静に見極める必要があると考えています。成長期のいま、ガバナンスを効かせることと成長を止めないことの両立に、取締役会はより高い視点で向き合わなければなりません。
鴨田:まず、本件を未然に防げなかったことに、社外取締役として責任を感じています。グローバルに事業を拡大するなかで、海外子会社における報酬支給の管理・運用面のリスクを十分に把握できていなかったことは反省点であり、今後はより明確なルール設計が必要だと考えています。再発防止策の検討においては、経営と執行の分離をはじめ、既定路線にとらわれない大きな決断が迅速になされました。この機動力は経営チームの強みであり、今回の件を糧にさらなる成長につなげていけるはずです。
山中:業績が伸び、期待が高まる今だからこそ、信頼を損なう事案が起きたことは真摯に受け止めなければなりません。ただ、笹本さんが言われたとおり、一連の迅速な対応はガバナンスの進化を示した面もあります。重要なのは今回を個人の問題で終わらせないことで、役員の行動や評価といった定性的な情報が適切に届いていたのかを改めて検証すべきですし、ルールの整備に加え経営人材をどう見極め、評価し監督するのか、そこまで踏み込むことがこれからの課題だと認識しています。
松本:投資家の方からは過去の事案も踏まえて、「会社のカルチャーに課題があるのではないか」というご指摘もいただきました。
山中:ガバナンスは、制度を整えるだけでは十分ではないと思っています。以前は問題にならなかったプロセスでも、環境の変化とともに適切でなくなることもあります。「これまで適切だったから」ではなく「いまも本当に正しいのか」を現場の一人ひとりが問い直し、ルールとマインドセットの両輪でガバナンスを機能させていきます。
―グローバルIPプラットフォーマーとしての“灯台”が、構想から実行のフェーズへ
松本:2026年3月期も過去最高業績となりました。この一年でとくに評価されている点をお聞かせください。
笹本:業績の伸びはもちろんですが、何より手応えを感じているのはグローバルIPプラットフォーマーとしての“灯台”が動き始めたことです。長期ビジョンのなかでは“灯台”は完成した一枚の絵として示されていますが、現状はその絵を形にしている途中です。その土台が築かれ始めたことこそが、前期の大きな成果ではないでしょうか。
山中:「時価総額5兆円」という旗こそ掲げていたものの、以前はそこへ至る道のりは曖昧でした。いまはキャラクターポートフォリオの拡充やグローバル展開、ゲーム事業への参入と、“灯台”に描かれた世界が一つひとつ実現し、道筋が具体的になってきました。当社の取締役会では株価を強く意識していますが、数字だけを追うのではなく、サンリオが大切にする価値観と両輪で語られている点が強みだと思います。
笹本:一方で、キャラクターポートフォリオは難しいテーマでもあります。単に新しいIPを増やせばよいわけではなく、ハローキティをはじめ、長く愛されてきたキャラクターをいかに大切にするか、そのバランスを取っていかなければなりません。ステークホルダーの皆様の思いを尊重しながら、“灯台”を大きくしていくための舵取りが必要だと考えています。
松本:中期経営計画(2025年3月期~2027年3月期)に掲げる「ボラティリティからの脱却」については、いかがでしょうか。
山中:“灯台”が成り立つことそのものが、ボラティリティからの脱却になると考えています。じつは、ボラティリティへの対応は引き続き重要ですが、キャラクターや事業、地域のポートフォリオが広がるなかで、議論の重心は次の成長テーマへ移りつつあると感じています。これはキャラクターや事業、地域のポートフォリオが広がり、それを乗り越える事業モデルが確立されつつあるからだと捉えています。
クリエイティブ、グローバル経営、デジタルの力をさらに磨き上げる
松本:長期ビジョンで掲げる「グローバルIPプラットフォーマー」の実現に向けて、強化すべきテーマもあります。とくに重要と考える点をお聞かせください。
鴨田:二点あり、一点目はクリエイティブです。グローバルIPプラットフォーマーの実現には、クリエイターが新しい価値を継続的に生み出せる環境が欠かせません。サンリオデザイナーがしっかりと力を発揮できるようにするとともに、創作プラットフォーム「Charaforio」からクリエイターに寄り添った成功事例が生まれれば、次のステージが見えてくるはずです。二点目はライブエンターテイメントです。ハーモニーランドのリゾート化が進みますが、ハードを整えるだけでは価値は生まれません。サンリオフェスなど体験型イベントで培った、体験価値を届ける力を組織に根付かせることが成長の鍵ではないでしょうか。
山中:私は、真の意味でグローバル企業としての経営能力を高めることだと考えます。以前は日本で生まれたキャラクターを海外へ展開する色合いが強かったのですが、いまは各地域の文化や生活者を理解し、現地でIPを育てるアプローチに変わってきました。海外事業を担える人材と、現地の会社を適切に回せる仕組みが今後ますます重要になると考えます。現地の力を引き出すほど統制と権限移譲のバランスは難しくなりますが、ルールだけで抑え込まず、カルチャーや対話で支えることが欠かせません。
笹本:デジタルも非常に重要なテーマだと思っています。お客様との接点のデジタル化は、ゲームも含めてまだ可能性の扉を開いたばかりです。リアルのキャラクター資産をデジタルへ展開したときのポテンシャルが持つ力は計り知れません。裏を返せば、挑戦しなければ取り残されるリスクもあります。社内のデジタル人材を育て、外部のデジタル事業者との接点も作りながら、開拓の動力を高めていくべきです。
松本:その課題意識から、笹本さんにはデジタル担当役員との壁打ちを続けていただいています。
笹本:月に1、2回意見交換をしていますが、非常に頼もしいチームです。デジタルの知見に加え、サンリオのカルチャーやキャラクターへの理解も非常に深いので、あとはどれだけデジタル領域にエネルギーを注げるかだと思っています。
摩擦を恐れず議論を尽くし、取締役会の実効性を高めていく
松本:2025年6月に監査等委員会設置会社へ移行し、1年が経ちました。取締役会の変化をどうご覧になっていますか。
山中:議論の中身は大きく変わりました。以前は審議を進めること自体が目的になりがちでしたが、いまは「本当にこの投資でよいのか」という本質的なテーマに時間を割けています。全員が「いいですね」で終わる取締役会なら要らない、とさえ私は思っています。事業モデルが複雑になるほど、摩擦を恐れず、言いづらいことも議論しなければ、投資判断もリスクの見極めもできません。また、投資には必ずしもROIだけで測れない価値もあります。目的に応じて投資を色分けし、説明できるようにすることで、ステークホルダーの皆様の納得感も高まるはずと考えています。
笹本:いまは攻めの投資で企業価値を高める段階ですが、守りの側面、つまり投資に対する撤退や選択と集中の議論も欠かせません。攻めと守りのバランスを健全に精査することも、これからの取締役会の役割の一つだと考えます。
松本:以前、ある事業のプレゼンで良い話ばかりが続いた際、山中さんが「今の課題が見えない」と指摘されました。あれこそ取締役会の本質だと、いまも覚えています。
鴨田:議論の時間は確実に増えましたね。サンリオ合同コンプライアンス委員会に加えてリスク管理委員会が新設され、全社横断でリスクを検証する体制も整い始めました。“灯台”の窓が増えれば、新たなステークホルダーとともにリスクも多様になります。加えてこれから大切になるのが、グローバルを含めた社内の対話です。コミュニケーションを大切にするサンリオの文化はガバナンスにも生かせるはずです。社外取締役が現場の社員と直接話す機会もより増やしたいと考えています。
山中:監督する立場だからこそ、数字だけでは得られない現場の手触り感が必要です。海外拠点の訪問やグローバル会議への参加をもっと増やすことも、今後の課題だと感じています。
松本:今回の事案を受けて、指名・報酬諮問委員会のプロセスを高度化しようといった議論も進んでいます。今後どのような点を強化すべきとお考えですか。
山中:一番は、サクセッションプランの実効性です。候補者の要件やリストを整えるだけでは十分ではなく、その人物がどのような人なのか、そこまで把握できていたかは、私自身も強く反省した点です。人物像や日頃の行動も含めて、多面的に見極められる仕組みへ進化させる必要があると感じています。
笹本:サクセッションプランを継続的にチェックし、議論するプロセスも求められます。候補者の育成状況を指名・報酬諮問委員会が常に可視化して議論できる状態をつくることが、これからの取締役会の役割だと思います。
挑戦を後押しし、“灯台”の実現に伴走していく
松本:最後に、投資家の皆様へのメッセージと、社外取締役として果たしていきたい役割をお聞かせください。
鴨田:ぜひ期待いただきたいのは、「Sanrio Games」です。先日、実際にパーティーゲームを体験したのですが、サンリオの世界観に忠実な、完成度の高いコンテンツに仕上がっていますし、今後も複数のタイトルが控えています。同時に、サンリオが目指すのは表面的な成長だけではありません。企業理念「みんななかよく」のもと、すべてのステークホルダーが笑顔になれる、サンリオらしい成長を支えていきたいと考えています。
山中:事業の成長と、世界中の人を笑顔にするという普遍的な価値を両立させている会社は多くありません。その価値を世界へ広げていくことに、ぜひご期待ください。もっとも、その実現に向けて、サンリオにはまだ数多くの挑戦が待っています。リスクを避けていては“灯台”は成り立ちませんが、だからといって、どんなリスクでも取ればよいわけではありません。社外取締役の役割は挑戦を止めることではなく、取るべきリスクと取ってはいけないリスクを見極めることにあります。時に厳しい議論も避けることなく、挑戦を後押しできる取締役会であり続けたいと考えています。
笹本:私自身は、これからもデジタル領域の可能性に注目し続けたいと思っています。AIが時代を大きく変えていくなかで、サンリオのIPはどのようにしてAIと歩みをともにしていくのか。その可能性はやがて“灯台”という形に結実していくはずですから、輪郭が鮮明になっていく過程にぜひ注目いただきたいですし、私たち社外取締役も、その“灯台”が崩れないよう伴走してまいります。そしていつか、その光が一企業の枠を超え、日本のエンターテイメント産業の可能性を広げていくことを期待しています。
松本:今回の事案を契機に、私たちはガバナンスのあり方を改めて見つめ直しました。本日の議論を通じて確認できたのは、これからのサンリオに求められるのは「守るためのガバナンス」にとどまらず、「成長を支えるガバナンス」へと進化していくことだという点です。挑戦と健全な緊張感を両立させながら、持続的な成長と企業価値のさらなる向上につなげていきたいと考えています。